Episode12つのエコ(エコロジー&エコノミー)を
先取りする補充用インキ
大ヒット商品となった『マジックインキ』には、時代を先取りしたもう一つの「隠れた魔法」があった。発売当初から「インキ補充式」「ペン先交換式」の構造で長く使い続けることができる商品として、地球環境保護に配慮した商品設計を実現していたことである。
『マジックインキ』発売翌年の1954(昭和29)年には、60ccのブリキ缶『補充用インキ』を発売し、後に替えペン先も商品化し発売する。使い捨てで買い替え需要が多いほど、売上や利益が増大するにもかかわらず、インキを使い切れば補充し、ペン先が摩耗しても交換することで、何度でも使い続けられることにこだわった。また、インキの品質も安全性にも配慮。OECD(経済協力開発機構)のGLP(優良試験所基準)に適合した英国の試験所での動物実験で「実際上無毒」と判定されるなど、安全・安心にも配慮していた。さらに、ガラス容器には廃棄ガラスを細かく砕いたカレット(再生ガラス)を利用し、いち早くリサイクルにも取り組んできた。
「エコノミ―」(経済性)に加え、まだ概念すらなかった「エコロジー」にも着眼した、時代の先がけとなる「2つのエコ」のものづくりは、長く使い続けても大丈夫、という品質への絶対の自信と、より長くお客様の役に立ちたい、という願いの表れであった。それはいまもなお、商品・研究開発の基軸を成す理念の一つとなっている。
Episode2「より細く」を追求する『No.500 & No.700』
『マジックインキ』の登場以来、日本人の暮らしにマーキングペンの使いやすさが浸透するなかで、「用途シーンに合わせて、より使いやすいものを」という要望も高まっていた。そうした期待に応える第一弾が、1961(昭和36)年7月に発売した細書用のペンタイプ『マジックインキ No.500』(単色・50円)である。
大型よりも筆記力(筆記できる距離)に優れた細書きの『No.500』は幅広い用途で利用できるため、発売直後から予想を上回る需要で注文が相次いだ。翌1962年8月に8色(黒・赤・青・緑・黄・茶・橙・紫)セットを発売するとさらに人気が高まり、生産体制を強化して量産化を推進していった。
1969年12月には「より細く」をさらに追求した極細タイプ『マジックインキ No.700』(単色・50円)を発売する。『No.700』は筆記時の紙への滲みとペン先の乾きを減らすため、初めてキシレンインキを使わずに、粘度の高いアルコール系インキを採用した。また、No.300・No.700用の2mm径のペン先では、それまで外部委託だったペン先の自社生産も開始し、樹脂を固める微妙な温度管理や工場の空調管理などに工夫を凝らした。ペン先の自社生産は1989年頃まで続けたが、ペン先の硬さにばらつきがあり、カスレなどの不良品を除去するため1本毎の筆記検査がどうしても必要だった。そこで筆記検査工程の合理化のため、ペン先専業メーカーのテイボー(株)に生産を委託することで筆記検査工程を省くことができた。
Episode3初の水性インキ『ラッションペン No.300』
油性マーキングペンの代名詞となった『マジックインキ』に安住することなく、商品開発は新たな挑戦が続いていた。その成果が、1964(昭和39)年8月に発売した寺西化学工業初の水性インキを使用したマーキングペン『ラッションペンNo.300』(単色・30円)である。
油性マーキングペンは紙に浸透しやすく、字が滲んだり裏うつりしたりすることが多かったため、寺西化学工業も1961年10月から水性インキ、ペン先、容器の開発研究に着手することになった。さらに当社独自の「水に流れない水性インキ」の実現に向けて特殊な染料の開発に着手し、水性染料インキなのに水に流れにくいという新機能を持つ水性インキの開発に成功する。『ラッションペン No.300』は満を持して1964年に日本国内で販売を開始し、翌1965年2月にはアメリカ向けの輸出商品として黒・青2色を発売した。当社で開発製造したペン先によるなめらかな細書きで、手紙の宛名書きや採点、デザインやイラスト、スケッチにも色鉛筆代わりに使える手軽さが人気を集めた。
当時、他メーカーから様々な水性ペンが発売され、「水に流れやすく、宛名書きが消えてしまう」などの問題が生じていたが、『ラッションペンNo.300』はその問題解決に一石を投じ、文具業界を挙げて「水性なのに、水に流れにくい」という、相反するテーマを追求していく先鞭をつける商品となっていった。
Episode4「彩り」を豊かにするカラー化の多色展開
油性の『マジックインキ』と水性の『ラッションペン』が、ともに不動の人気商品となっていく理由の一つに、各商品のカラーの豊富さがあった。
彩り豊かな多色化の展開は、『マジックインキ 大型』が1955(昭和30)年に8色セットを発売したのを皮切りに、油性の『マジックインキNo.500』『マジックインキNo.700』、水性の『ラッションペンNo.300』がそれぞれ単色で発売後、早い時期にカラーセットも商品化し、積極的に多色化を推進していった。
『マジックインキ』の多色展開で最大の課題となったのが、経時性である。多数の染料を混ぜて作る中間色は色が分離しやすく、ペン先に吸い上がる速度が異なる「クロマト現象」が起きるため、安定した色合いを出す難しさがあった。また、海外輸出用のOEM商品では、ドイツメーカーの依頼でデザイン用に100色以上の特別色セットの油性マーキングペンを製造したこともあった。
ギターブランドの描画材も、水彩絵の具『ギターペイント』は金色や銀色を含めて最大で30色、クレヨンも30色など多色化を展開。また、重色・混色も自由にできるなど、時代のニーズにも応えていた。描画材は、1973年頃にはクレヨン・パスの年間生産量90万ダースのうち、60万ダース近くをアメリカやドイツを中心に、世界各国へ学校教育用に輸出していた。
Episode5「太さ」も極め、バリエーション豊かな商品群
「より細く」「彩り豊かに」に加えてもう一つ、挑んだテーマが「より太く」である。
1966(昭和41)年12月に油性インキの太書き、10mm×10mmタイプ『マジックインキ ワイド』(単色・120円)を発売し、さらに1977年3月には10mm×18mmタイプ『マジックインキ 極太』(単色・300円)も商品化する。
その後も0.5㎜から18㎜まで、幅広い用途シーンとユーザーニーズに応えるバリエーション豊富な商品群を創り出し、マーキングペンの先駆者として業界をリードしていった。
Episode6新商品開発への挑戦
「ありきたりでない、独自なもの」への、飽くなき挑戦―。現在は既にその役目を終えたものの、時代を彩った独自の商品開発の歴史がある。1988(昭和63)年に開発した『マジックインキ修正液』は、書類や印刷物の油性インキの誤表記を修正する商品だった。油性・水性インキ用の共用タイプと水性タイプを発売し、「消えないものを、消す」という新たな発想で、マニキュアのようなボトル型とペン型が話題を集め、速乾性の使いやすさと凹凸が少ない書きやすさで一時人気を博した。だがやがて、修正テープの普及拡大とともに生産を終えることになった。
他にも、美容業界から「髪を染めるためのマジックインキをつくれないか」と要請を受けて発売した髪染め専用のインキ『カミソメールエース』(8色)を発売したこともあった。
Episode7『マジェスター』『paintdots』がグッドデザイン賞を受賞
21世紀を迎えて、2つの「グッドデザイン賞」を受賞する。2007(平成19)年は、前年8月に発売したアルコール系インキの細字・太字両用のツインマーカー『マジェスター』、続いて2010年には、前年10月に発売したトートバッグとペンケースの初のテキスタイル商品『paintdots』である。
ツインマーカーでは1991年に油性インキ『ダブルス』を発売していたが、『マジェスター』は転がらない花弁型のキャップや容器など、扱いやすいデザインに改良するとともに、インキもキシレン系インキからアルコール系インキへ、ペン先も羊毛フェルトからポリエステルへと変えることで、書き味がより滑らかになった。
また『paintdots』はデザイナーとのコラボレーション商品として、2007年に先行発売した水性顔料インキのツインマーカー『アクアテック・ツイン』とのセット販売商品である。帆布生地でドット柄のバッグやペンケースをマーカーで自由に塗り、「世界にたった一つ、自分だけのオリジナル文具をつくる」魅力が注目を集め、社外デザイナーとのコラボ商品という新境地を開拓する転機にもなった。
Episode8産業用マーカーの用途が拡大し、速乾『ドライエース』に応用
一般消費者向けのマーキングペンで揺るぎない存在感を発揮し続けるなかで、1990年代からは新たに、産業用途の業務用マーカーの開発・製造が始動する。
液晶フィルムや半導体のプリント基板、自動車・二輪メーカーのパーツのチェック用マーカー、精密機械部品メーカーで使用される防錆・防蝕材など、ものづくり現場の工程管理に不可欠な、ピンポイントのニーズに応える専用マーカーにも用途が拡大。生産性を追求する産業シーンから「キャップを外したままでもペン先は乾燥しにくく、筆跡はすぐに乾燥するマーカーを」といった実現不可能とも思える難しい要望が相次ぐなか、相談を受けた企業の現場に何度も足を運んで、より付加価値のある商品開発を推進していった。規制の厳しい原子力用のステンレス容器・配管のマーキング用には、腐食しない低ハロゲン・低硫黄インキを開発し、新たな需要を創り出した。
また、マーカーとしての商品価値だけでなく、世の中の仕組みにも価値を提供する商品開発を求められたこともあった。海外に輸出する自動車用のガラスマーカーは、耐水性と速乾性の機能性に優れるだけでなく、現地でマークを?き落とす作業員の職を奪わないように「性能が良すぎて、簡単に落ちると困る」という要請に応える必要があった。
こうした産業用マーカーの開発で、様々な要望を満たす挑戦から生まれた機能性・技術の価値は、2010(平成22)年7月に発売した『マジックインキ ドライエース』のように、インキは超速乾性だがキャップを長時間開放してもペン先が乾かないマーカーなど、一般消費者向け商品にもフィードバックし、さらなる貢献へとつながっている。
Episode9デザイン性も重視した『Rushon Petite』が人気商品に
創業100周年を前に、筆記具メーカーとしての新たな方向性を打ち出す挑戦が始動する。2014(平成26)年に発売した『Rushon Petite』(全36色・108円)は、女子高生を中心とした若い女性をターゲットにするこれまでにない開発コンセプトで、着実に人気の高まりを見せている。
また、先行して2011年には、JR大阪駅に開業したJR大阪三越伊勢丹のアパレルテナント・N.ハリウッドと、開業特別企画のコラボレーションイベントを実施。『マジックインキ』をモチーフにしたパズルやオリジナルデザインTシャツなどのコラボアイテムに協力し、「Add Color to Your Life.」(ライフスタイルに、イロどりを)の寺西化学工業HPのキャッチコピーも、併せて情報発信した。