Episode1大宮から守口へ、マーキングペンの専用工場
『マジックインキ』の開発は、寺西化学工業のものづくり体制にとっても転機となっていく。発売を開始した1953(昭和28)年、大宮工場(大阪市旭区高殿6-23-10)を『マジックインキ』専用工場として新設する。当初、販売が芳しくないなかでも「次代を担う主力筆記具になる」との揺るぎない信念のもと、来たるべき大量受注に備えた生産体制づくりを推進していった。
昭和30年代半ば、増産に次ぐ増産が現実となった大宮工場では、製造・検査工程の業務フロー改善による生産の合理化計画を推進し、同時に社内規格づくりにも着手する。ペン先と並んで重要なインキの製造工程では「品質は工程でつくりこめ」をモットーに厳重な工程管理を徹底し、色度・流動性・筆記性などの厳しい品質管理によって、高品質の均一化を図っていった。また、トレーサビリティーの確保は、世界に通用する品質管理を実施することで、海外へ輸出する「made in Japan」商品が粗悪品ではなく、優秀で安心して使える証しとなることを目指していた。こうした取り組みは、まだ「速乾性筆記具」と呼ばれたマーキングペンの事実上の品質標準となり、「速乾性筆記具」のJIS(日本工業規格)の制定にも大きな役割を果たした。
1963年には、新たに『マジックインキ』専用工場として守口工場(大阪府守口市金田409、敷地面積・約6,271㎡、鉄筋コンクリート造2階建)が誕生する。自社開発の専用機械を基軸に、研究開発、改良・改善を重ねて工程の自動化と省力化、合理化を推進。1965年2月には速乾性筆記具のJISマーク表示許可工場となり、1988年10月には、工業標準化のさらなる推進に向けて品質管理実施優良工場に挑み、大阪通産局長賞を受賞した。
守口工場の竣工に伴い、大宮工場は鉄骨造3階建に増改築を実施し、水性マーキングペン『ラッションペン』の製造工場として設備を増強。1971年11月には「マジックインキNo.700」で速乾性筆記具のJISマーク表示許可工場となった。その後、水彩絵の具用金属チューブ製造、『マジックオパックカラー』製造などを経て、1998年12月に水彩絵の具を金属チューブからポリチューブへの切り替えと共に役割を終え、45年の歴史に幕を下ろした。
Episode2描画材を製造する本社工場
「ギター」ブランドのパス、クレヨン、ペイント(水彩絵の具)などの描画材は戦後、主に本社工場で製造し、ペイントのチューブは近くの中宮工場(大阪市旭区中宮町5-38)で作り、チューブ製造から容器への充填まで自社生産する、新たな生産体制が確立した。
蝋と顔料から作るクレヨンと油脂を使うパス、顔料と水溶性糊材を練り混ぜて作る水彩絵の具はいずれも1951(昭和26)年7月にJIS規格が制定された。本社工場でも標準化を推進し、翌1952年には「クレヨン及びパス」、「水彩絵の具」のJISマーク表示許可工場となった。1960年には改築により製造設備を拡充し、製造ラインのレイアウトも新設する。パスやクレヨンの成型作業もやがて、手作業で成型機から抜き出す工程が、円盤式自動成型機へと変わっていった。季節の温度差で冬は堅く、夏は発汗して折れやすい問題があったパスは、蝋メーカーとの共同研究により特殊合成ワックスを開発。また、成型しやすく型離れもよい植物・鉱物油の混合液体油を使い始めるなど、品質・生産性の向上を実現していった。
その後、1969年にも増改築を実施した本社工場は、1981年に大宮工場から移転した水性ペン『ラッションペン』の生産も開始し、1983年には水性マーキングペンのJISマーク表示許可工場となった。
Episode3機械化を遂げ、容器やインキ・糊剤などの部材も改良
高度経済成長が終わりを告げた1970年代になっても、『マジックインキ』の生産量は右肩上がりに伸びていった。その成長軌道は昭和50年代の終わり頃まで続き、ものづくりの改善や増産対策などで、工場の現場は活気に溢れていた。
『マジックインキ』は開発当初の部材の見直しや、キシレン含有インキの揮発を防ぐ容器構造や糊剤への変更などを実施。瓶に装着するラベル部材もフィルム系統に変わり、手作業での装着も積極的な設備投資により機械化へと転換し、後に『マジックインキ』の製造工程はオートメーション化された。また、アルコール系インキの『No.700』は、酸・アルカリに弱いアルミ軸の腐食を防ぐため、インキをイオン交換樹脂に通して染料に含まれる塩分を取り除くなどの知恵と工夫を凝らした。
描画材では、『ギターペイント』の容器には長年、鉛に錫をはりつけたスズ張り鉛チューブを採用していたが、鉛の人間や自然環境への悪影響が社会問題化したことを受けて「鉛フリー化」を推進。1995(平成7)年からポリチューブに変更する。その後、ラミネートチューブとともに使い続けている。
Episode4品質と使いやすさのバランスを追求
インキの耐水性、耐候性、ペン先―。
「以和為貴」を社是に、誠実と感謝を基本にいつも、品質管理の徹底と新商品の開発に挑んできた寺西化学工業は、単に「つくり手」の自己満足ではなく、「使い手」であるユーザー目線のものづくりを貫いてきた。
『マジックインキ』はどのマーキングペンよりもインキの筆記距離が長く、ペイント(水彩絵の具)にはイージーパレットをつけ、他社商品よりも大きい7.5㎜チューブで全体量を増やすなど、いつも使い手が満足する価値づくりに心を砕き、工夫を重ねてきた。マーキングペンのキャップも順次、ねじ込み式を押込式(カチッと式)に変更するなど、弛みなく使いやすさの改善に取り組んでいる。
「品質が高いのは当然のことだが、不良品がないということが優れた商品の条件だ」―。長年、先輩から若手へと受け継がれてきた、品質と使いやすさのバランスの大切さを伝えるその教えは、100周年の先にあるものづくりにも継承されていくことになる。